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「汝が為の十字架」 (末吉貞雄師)

2015年 4月 19日

聖書 第一コリント1章10~25節
1:10 さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。
1:11 実はあなたがたのことをクロエの家の者から知らされました。兄弟たち。あなたがたの間には争いがあるそうで、
1:12 あなたがたはめいめいに、「私はパウロにつく。」「私はアポロに。」「私はケパに。」「私はキリストにつく。」と言っているということです。
1:13 キリストが分割されたのですか。あなたがたのために十字架につけられたのはパウロでしょうか。あなたがたがバプテスマを受けたのはパウロの名によるのでしょうか。
1:14 私は、クリスポとガイオのほか、あなたがたのだれにもバプテスマを授けたことがないことを感謝しています。
1:15 それは、あなたがたが私の名によってバプテスマを受けたと言われないようにするためでした。
1:16 私はステパナの家族にもバプテスマを授けましたが、そのほかはだれにも授けた覚えはありません。
1:17 キリストが私をお遣わしになったのは、バプテスマを授けさせるためではなく、福音を宣べ伝えさせるためです。それも、キリストの十字架がむなしくならないために、ことばの知恵によってはならないのです。
1:18 十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。
1:19 それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしくする。」
1:20 知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。
1:21 事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。
1:22 ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求します。
1:23 しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、
1:24 しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。
1:25 なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。


私たち人間がこれから未来に向かって行くのに必要なのは一致ですね。一致とは全く同じになる事ではありません。人間を一つの型にはめる一致の最たるものは洗脳や抑圧ですね。一致して単数になります。例えば絶対主義・軍国主義がそれですね。70年前まで日本がそうでした。そういう一致は基本的人権の侵害を起こします。私たちに必要な一致は多様な複数の一致です。

皆さんなら、どうしますか。まず共通点を捜しませんか。しかし、共通点と言う重なりによって一致するのは長続きしません。と言うか新たな展開がなく面白くないと言うことです。例えば、だいたい交際中に相手との共通点(趣味とか性格とか好みとか色々ありますね)を捜してこれならいけるのではないか、と言うことで結婚するのですが、それはほんの一部であって、結婚後お互いの違いが沢山ある事が明白になりますね。

皆さん、共通点ではなくて、お互いに補える所(これは役に立つことだけではありません。存在するだけで十分の時もありますね)、そう言う重なりを見つけて下さい。互いに補い合う時にこの多様な複数の一致が生まれます。人間って補える所に喜びを感じるんですね。また、私たちはお互い変化しています。ですから補える所も新たに展開してまいります。

10節で勧められている一致は、教会が目指すべき一致のことです。それが補い合う所から生まれる複数の一致なんです。11節12節で言われている争いは分裂を生み出していますね。パウロ派、アポロ派、ケパ派、キリスト派。何でこんな事に成ったのでしょうか。教会は昔から女性が多かったのでしょうか、四人とも男性ですね。近頃イタリアのバチカンではイケメン神父のカードが売られているそうです。初代教会のこの四人の男性の人気投票でもしたのでしょうか。「あなたもパウロ、私もよ。パウロがいなかったらコリント教会も生まれなかったわ。じゃパウロ派ね」。

しかし13~16節を読むとこの争いの原因が分かります。誰からバプテスマを受けたかと言う事がコリント教会に分裂を生んだようです。私はパウロ先生から洗礼を受けました。私はアポロ先生です。私もアポロ先生です。じゃ私と同じアポロ派だ。なんて事だったようです。この様にお互いの共通点を捜したらどうしてもこの様な結果になりました。これじゃ、教会の中も、世の中も変わりませんね。

神様の計画は地の塩世の光としての教会を導く事です。現代のこの地球での塩とは何でしょうか。現代の時代の光とは何でしょうか。10節で勧めている一致ですね。家族から始まって地域・社会・国・国と国に、今必要なのは多様な複数の一致です。皆さんにこの一致を築いて頂きたいのです。それでコリントの手紙は皆さんにキリストにつながる事を勧めています。

今、イスラムとキリスト教、イスラムの中でのスンニ派とシーア派の違い、異民族同士の歴史認識の違い、違いを超える多様な複数の一致が求められています。しかし、未だに先進国と言われている国は同盟国、同調国を増やす方法をとって対立しています。未だに取り合い奪い合いをしています。もし補い合うなら変わるでしょう。中国の古い話でしょうか、長―い箸の話を聞いたことがあります。長い箸はお互いに相手の口に食べ物を入れるしか出来ません。そう言う外交をしたら変わるでしょうね。

この手紙の12章335ページ12節以下を読んでみましょう。25節からだの中に分裂が無いのは、各部分が互いにいたわり合うからですね。キリストとつながって、キリストのからだの部分に成って下さい。そしたら、多様な複数の一致が生まれます。キリストはあなたの為に十字架にかかって命を捧げられました。あなたの為にです。あなたが立派だからでも、正しいからでも、真面目だからでも、情け深いからでもありません。これからあなたが精進すると誓うからでもありません。まだ罪びとであった時にキリストが死んで下さいました。正面の左の聖句を読んで下さい。キリストの十字架はあなたの為、あなたは大切な存在である。これがこの聖句が伝える神様からの第一のメッセージです。第二は「私たち」という複数になっている所にメッセージがあります。キリストの十字架はあなたの横にいる人の為でもあります。その人も大切な存在なのです。

キリストに表わされたこの神の愛があなたを造り変えます。寛容で親切な者に変えて下さいます。妬みや自慢や高慢、礼儀に反すること、自分の利益だけの追求、怒り、恨み、そういうものから解放して下さいます。不正をそのままにして喜べない、真理真実を追い求める事に喜びを感じる者に、全てにおいて忍耐と信頼と期待を持つ者に造り変えます。これらは13章4節以下に記されていますキリストの愛の事です。
 
 キリストの十字架はあなたの為です。と同時にあなたの隣人の為です。条件はただ一つ「あなたもあなたの隣人も、まだ罪びとであった時」です。この条件がある限りキリストの愛の対象から除外される人は一人もいない、と言う事です。自分を傷つける事も相手を傷つける事もしてはなりません。戦争なんかもっての外です。
 もう一度言います。キリストの十字架はあなたの為です。と同時にあなたの隣人の為です。それは「あなたもあなたの隣人も、まだ罪びとであった時」の十字架です。この条件がある限りキリストの愛の対象から除外される人は一人もいない、と言う事です。自分を傷つける事も相手を傷つける事もしてはなりません。戦争なんかもっての外です。共通点に一致の根拠を置くのではなくて、互いに補い合う所から生まれる、多様性と複数の中での一致、からだと各器官の様に、補いいたわり合う一致を目指しましょう。それによって地の塩世の光としての教会の役目を果たしましょう。

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