INDEX    RSS    ADMIN

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「成熟を目指しましょう」 (末吉貞雄師)

2015年5月3日

聖 書
1コリント2章6節-3章4節
2:6 しかし私たちは、成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。
2:7 私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。
2:8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。
2:9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」
2:10 神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。
2:11 いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。
2:12 ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜わったものを、私たちが知るためです。
2:13 この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。
2:14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらは彼には愚かなことだからです。また、それを悟ることができません。なぜなら、御霊のことは御霊によってわきまえるものだからです。
2:15 御霊を受けている人は、すべてのことをわきまえますが、自分はだれによってもわきまえられません。
2:16 いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。
3:1 さて兄弟たちよ。私はあなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。
3:2 私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は今でもまだ無理なのです。
3:3 あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。
3:4 ある人が、「私はパウロにつく。」と言えば、別の人は、「私はアポロに。」と言う。そういうことでは、あなたがたは、ただの人たちではありませんか。

 

 子ども達は4月から新しい学年・学校での生活が始まっています。皆さんは学校に通われた最後の日から何年たちましたでしょうか。懐かしいですね。小学・中学・高校・・・子どもの成長を私たち大人は見守るだけではなくて支えますね。私たちの納税によって学校が整備され教師が配置され教材が整えられているのです。学校は子どもたち一人一人の為に最善の準備をして子ども達を迎えます。例えば高校なら入学から卒業後の進路(進学・就職)までのお世話が準備されています。もし、入学した子どもが来なかったらガッカリしますね。

 教会のメンバーに成るとは、神の学校に入学する様なものですね。最善の準備をして待っておられる神様をガッカリさせてはなりませんね。神の学校では神の知恵(ソフィア)となられたキリストに学びます。東京にある上智大学はそれを真似てセントソフィア大学と名付けましたが、学問の学校です。教会は神の知恵、7節で言われている人間に関する隠された奥義を学ぶ、言わば人間の学校です。

 奥義(おうぎ)は辞書で「学問、武術、芸能などの極みである最も大事な事柄。極意」と説明されています。みなさん、私たちは長年人間をしているのですが、それを極めていますでしょうか。何となく人間をしていませんでしょうか。キリストがその極意を教えて下さいます。7節この極意を神様は世界が始まる前からあらかじめ定められました。幾多の偉人が、優れた宗教が、人間の極意を伝えて来ました。この手紙が書かれた時代も色々な極意があったでしょう。しかし、それらを凌駕した奥義だと言う事です。

 注目して欲しいのは、この奥義が私たちの栄光、一人ひとりが栄え光るための奥義だということです。皆さん、私を見て下さい。後光の様なものが見えますか。見えませんね。私たちの栄光とはなんでしょう。何となく人間をすることではなくて、神に感謝して神の愛に答えて、キリストに学び、人間を極める事です。一生懸命に精一杯人間をする事ですね。そうする人を6節で成人と言っています。人間の完成・成熟を極めようとする人の事ですね。

 キリストは神の愛です。その愛のプロポーズに答えてキリストと契を結んで下さい。キリストは知恵、隠された奥義です。契りを結んだあとこのキリストから学んであなたと言う人間を極めて下さい。誰でもありません。「あなたと言う人間」はあなたしかいません。神が存在させられたあなたです。あなたを極めて下さい。その為には神様のあなたに対する御計画・準備を知る必要があります。それが隠された奥義・神の知恵なんです。

 みなさん、私たちは今具体的に色々なものを背負って生きています。その一つひとつは幸いに見える時もあるし不幸に見える時もありますが、神さまから与えられているものです。神さまから受け取っているものです。神さまから預かっているものです。そこには神様のご計画があります。あなたがまだ罪人であった時にあなたの為にキリストが死んで下さいました。それによって二つのことが明らかになりました。あなたに対する神の愛だけではなくて、あなたに対する神様の計画があるということです。

 9節「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」これが神様のあなたに対する計画です。そして13節で、それを賜物と言っています。それは何なのでしょうか。今のこの私が与えられている、受け取っている、預かっているもの、これらはどういう事なのでしょうか、どうして神はこれらのものを私に与えられたのでしょうか、神の計画み心は何なんでしょうか。そう、私たちは問いたくなる現実を負っています。

 御霊、聖霊が教えてくれます。聖霊は10節神の深みにまで及ばれます。聖霊は電話の様なものです。神様とあなたが繋がります。神様の一番深い所と言うのはすごい表現ですね。その繋がりの確かさを表していますね。電話しても繋がらない、留守番電話になっている、てなことが決してない、神様とのホットラインです。

 使徒な働き2章38節231ページ「・・・バプテスマを受けない。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。」神様との回線が繋がります。11節以下は、この繋がった聖霊の回線の事を説明しています。14節生まれながらの人間には、聖書は印刷物です。他の本と違いはありません。牧師の説教は聖書に関する講演であります。しかし、聖霊の回線が繋がると神様からのメッセージ、みことばに変わります。神様のあなたに対する計画が知らされます。みことばがあなたという人間を極める助けとなります。

 これを御言葉に養われると言いますね。キリストが言われた様に、人はパンだけで生きるのではなく神の口から出る一つ一つの言葉によって生きるのです。人間として成熟して行きます。人間を極めるのです。皆さん、私たちはまだまだ極めていませんね。成熟を目指しましょう。年齢とか環境とか体の状態とかが変わっても成熟はできます。体や頭脳ではなくて人間を極めることだからです。老いも人間ですね。障碍を背負いましても人間ですね。それを極めるのです。言い換えるなら真実に自分を生き抜くことですね。例えば、戦争経験と言う歴史を体験した自分なら、それを経験した人間としてどう生きるか、と言うチャレンジを受けますね。ですから信仰って人間を離れるのではなくて人間を積極的に生きる事ですね。

 3章に入って言われえいる、いつまでも幼い、ただの人、肉に属する人は、聖霊の回線が繋がったのに使わない人の事です。非常に残念だからちょっと厳しく書いてありますね。成熟を目指しましょう。キリストに学んであなたと言う人間を極めて下さい。9節「目が見もせず、耳が聞きもせず人の心に思い浮かびもしなかったことを、神は御自分を愛する者たちに準備された。」あなたの為に神が何を準備されているのか、まだ極めていませんよね。では成熟を目指しましょう。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。