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「あなたは誰のもの」 (末吉貞雄師)

2015年5月10日

聖 書
1コリント3章5節‐23節 
3:5 アポロとは何でしょう。パウロとは何でしょう。あなたがたが信仰にはいるために用いられたしもべであって、主がおのおのに授けられたとおりのことをしたのです。
3:6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。
3:7 それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。成長させてくださる神なのです。
3:8 植える者と水を注ぐ者は、一つですが、それぞれ自分自身の働きに従って自分自身の報酬を受けるのです。
3:9 私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。
3:10 与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。
3:11 というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。
3:12 もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、
3:13 各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。
3:14 もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。
3:15 もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。
3:16 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。
3:17 もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。
3:18 だれも自分を欺いてはいけません。もしあなたがたの中で、自分は今の世の知者だと思う者がいたら、知者になるためには愚かになりなさい。
3:19 なぜなら、この世の知恵は、神の御前では愚かだからです。こう書いてあります。「神は、知者どもを彼らの悪賢さの中で捕える。」
3:20 また、次のようにも書いてあります。「主は、知者の論議を無益だと知っておられる。」
3:21 ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがたのものです。
3:22 パウロであれ、アポロであれ、ケパであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてあなたがたのものです。
3:23 そして、あなたがたはキリストのものであり、キリストは神のものです。


私は自分のもの
 「あなたは自分を誰のものだと思いますか」と質問されたら「私は誰のものでもなく自分のものです。この人生は誰のものでもありません。自分の思い通りにします」と答える人が多いですが、現実は自分の思い通りに行かない人生ですね。これが非常に多くの人のストレスになっています。赤ん坊の人見知りはもうこの経験をしている印です、と言う心理学者もいます。このストレスのゆえに、他人を見て妬ましく思い、少しでも自分の有利な立場を得る為に人を押しのけ、張合いから敵対が生まれ、とうとうある切掛けで争いとなります。こう言うことがコリントの教会でも起こっていました。この手紙の1章の挨拶の部分が終わって10節から「さて・・」と本題に入るなり「兄弟たち、あなた方の間には争いがあるそうで・・・」とあります。

 教会ができる前イエス様と一緒にいた弟子達の間でも同じ様なことがありましたね。皆さん思い出して下さい。イエス様が弟子達に「途中で何を議論していたのか」と質問された時、弟子達は黙って答えませんでした。誰が一番偉いか議論し合っていたからです。その時イエス様は言われました「誰でも人の先に立ちたいと思うなら、皆のしんがりとなり、皆に仕える者となりなさい」。そんな事出来るのだろうか、と弟子たちはその時驚いたでしょうね。しかし、後からガッテンしました。イエス・キリストによって罪赦され、神様と和解し、神様のものとして歩む時、自分の思い通りにならない事がストレスにならなくなったからです。

神のものとして歩む
 神様はクリスチャンが神のものとして歩み、育ち、成長し、成熟する為に色々と準備して下さるという約束を先週頂きましたね。もはや、自分の思い通りにならない事で、くよくよ悩む必要はありません。神さまの思い通りになれば良いのです。自分の頼りなさ弱さに落胆することもありません。神さまに頼るのですから。

 先週もう一つ、神様と回線が繋がる例えで聖霊の働きの事をお話しました。しかし、折角繋いで頂いたその回線を使っていない人がコリントの教会に多くいました。それで育たず成長せず、相変わらずの生活をしていたわけです。教会に来ても神ではなくて人を見ていたと言うことですね。4章3節では信徒がパウロを裁いていた様子も伺われます。パウロは信徒と対立する気は毛頭ありません。そんな事よりも大事なのは、成長させて下さる神と、召された信徒一人一人に対する神の特別の計画に注目することです。神様のご計画の下でクリスチャンになりますが、その計画に続きがあります。

 そこで、3章8節から、クリスチャンライフは神の畑、神の建物だと例えて神の計画を告げます。皆さんは神様が働かれる「畑」となりました。耕してもらい、種を蒔いてもらい、手入れしてもらい、実を結ばせてもらう畑となったのです。神様は「見えません。見えるようにして下さい」と謙虚に祈る者の目を開き、「見える」と言い張って自らを誇る者の目を閉ざされますね。21節の「だれも人間を誇ってはいけません」とは、神様に働いていただく為の謙虚さを皆さんに伝えたいのだと思います。

 また皆さんは神の建物です。「建物」とはビルディングの事ではありません。単なる住宅の事でもありません。ホームです。「家族」「家庭」と言う方が良いと思います。神様の長年の願いはマイホームです。荒野の幕屋宿り、約束の地の神殿に宿り、おとめマリヤの子宮に宿り、この地上に宿り、そしてとうとう16節にあるようにイエス・キリストの命が礎、土台となってクリスチャンのからだに宿られました。この神のホームであるあなたのからだをどう生きるのでしょうか。12節以下では、神の家をどんな建築材料で建てるのかに例えていますね。金、銀、宝石、木、草、わら。皆さんここを読んで思い出しませんか。ブー藁や草でしたね。フーは木でしたね。煉瓦で家を造った謙遜で忠実なウーがブーとフーを助けます。これらの譬えも、その人の神の建物に対する姿勢を表していますね。クリスチャンとして生きて行くのに大切なのが謙遜と忠実という姿勢ですね。

恵みの深さ
 皆さん、イエス・キリストは皆さんを神のものとするために十字架で死に復活されました。21-23節はその恵みの大きさを表しています。21-22節は「すべてはあなた方のものです」と言う言葉で囲われています。神様が全てのものをあなた方の為に用いて働かれるのです。神様を愛する者に成って下さい。神様を愛する者の為に神様が想定外の準備をして下さっています。もう一つ神様を愛する者の為に神様がして下さることがあります。302ページローマ8章28節です。全ての事を働かせて益として下さるのです。神様を愛する者にとって、全てのものは繋がっているのです。それが「すべてはあなた方のもの」と言う意味です。そして、神を愛するとは神のものになる事ですね。

 23節「あなたがたはキリストのものであり、キリストは神のものです」。あなたがたは神のものです、と言っていない所が味噌ですね。キリストが間に入らないとそれは実現しないのです。キリストはあなたを完全に罪(神から離れた)の支配下からその命を代価にして買い取って、ご自分のものとして下さっています。そして、そのキリストは確かに死人の内より甦って天に昇って神の子である、神のものである事が明らかになりました。信仰を持って下さい。難しいことは一つもありません。あなたと神様との間にキリストに入っていただきましょう。そしたらあなたは神様のものです。自分の思い通りにいかなくても何の心配もいりません。神に働いていただくのです。神の御計画を進めていただくのです。この「神にしていただく」ことが信仰なんです。この信仰の要は22・23節なんです。全てのものはあなたのもの、あなたはキリストのもの、キリストは神のもの。この言い方おもしろいですね。何を伝えたいのでしょうね。全て・あなた・キリスト・神、これらすべてが繋がっている、と言う事です。綱渡りする人が安心して綱を渡れるのは命綱があるからですね。それと同じです。全て・あなた・キリスト・神、これらすべてが繋がっている、と言う事、これはクリスチャンにとっての命綱です。皆さん、命綱ちゃんとしていますか。あなたも神のものに成って下さい。キリストをあなたと神様との間に入って頂きましょう。さあ、命綱をしっかり繋いでここから出発しましょう。
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