INDEX    RSS    ADMIN

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「隠された宝」 (末吉貞雄牧師)

聖 書
マタイ13章44-46節
13:44 天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。
13:45 また、天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。
13:46 すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます。

 春は鯛が旬で美味しいと聞いてスーパーの魚コーナーで、真鯛の1ランク下の連子鯛(黄鯛とも言います)に目が行きました。25センチ程のものが380円でした。『これは、お買い得ちゃうかなあー』と思案していましたら、横から70歳位のおばちゃんが来るなりすぐ買って行きました。その時私に「今日は連子鯛が買いやで。その下のやつがええで」と指さして去って行きました。おばちゃんに一番大きいやつを持って行かれましたが、私は二番目に大きいのを買いました。

 買う品物が全く違うのですが、私は連子鯛を買うかどうか思案しました。その様子を見て見知らぬおばちゃんがアドバイスして下さいました。その結果私は買う決断をしました。しかし、今日の聖書に出て来る、宝が隠されている畑を買った人も、素晴らしい値打ちのある真珠一個を買った商人も、全く思案しないで、相談もしないで、即買っています。それも全財産を売り払うまでして多額のお金を払って買いました。

 私は例として380円の連子鯛を取り上げましたが、皆さん私達は人生の中で色々なものを色々な方法で手に入れますが、天の御国はそれと同じ方法では手に入いらない、私達の価値判断を越えたものだと言う事です。ですから聖書で、人知を遥かに越えたキリストの愛(エペソ3章19節)とか平安(ピリピ4章7節)と言われます。

 まず天の御国と言う言葉、これは日常の中で聞きなれない言葉ですね。短く詰めて天国と考えて下さい。天国と言えば死んだ後で行く所と普通考えますが、正しくは神様が支配される時と場のことです。第一のたとえは伝えます。神様の支配が私達の目に隠されています。しかし、それは全財産を売ってでも手に入れる価値がある宝の様なものです。その宝を発見する時があります。これは偶然ではなくて神様の導きですね。

その時、私達が持っている価値判断では躊躇せざるを得ません。しかし、幼子は「おいで」と言って手を広げたら躊躇せず親の手の中に飛び込んで来ますね。人間の知恵判断力に依らないと言う事です。神様がこの幼子の様に信じる者へと導かれます。それで、聖書は人間の知恵に支えられず、神の力に支えられる信仰を持つように勧めています。幼子の様に信じてキリストの手の中、神の支配の中に飛び込んで下さい。

 第二のたとえは、神の支配が真珠商人の様だと伝えています。それも普通の商人ではありません。お得意先から最高の真珠を見つけてくれと依頼された商人の様です。真珠の値打ちは大きさとか形とか輝きとか色とかで決まります。しかし、この人はこれだと言う一つを発見しました。『いや、ちょっと待てよ。もしかしたら他にも大きなのが輝きのあるものがあるかもしれない』そう思う事もあったのではないでしょうか。しかし、この一つにしました。唯一だからです。

 皆さん、教会に来るのも楽しいですが、教会以外にも楽しい所がありますね。安らぎとか、充実感とか、生き甲斐とか与えてくれるものは、キリスト教信仰以外にも沢山あります。しかし、神様の支配はこの一つしかない。神の子がマリアより人として生まれ、十字架で死に葬られ、陰府まで下りましたが神によって死人の中から甦らされた事によって神の支配をこの大地に明らかにして下さったキリストにおいてしかないのです。これが第二のメッセージです。

皆さん神の支配の中を歩みましょう。もう少し柔らかく言うと神の家族になると言う事です。それで教会では神様の事を天の父よと呼びます。私達はこの父のもとから家出した者です。和解無しには帰れません。キリストは父なる神と私達の和解を仲介して下さる唯一のお方です。キリストは父にお願いして下さいます「父よ、この者の罪の罰を全て私の身に下して下さい。その代わりにこの者を赦して、あなたの家族として迎え入れて下さい」。キリストをあなたの救い主として迎えるならあなたは神の家族になるのです。
 
 キリストを信じる教会の皆さんは、生活の場を神様が支配なさる時と場として歩んで下さい。試練が与えられても同時に逃れる道をも備えられ、全ての事を相働かせて万事を益となる様に導いて下さるのは、神様が支配なさっているからです。生活の場を神様の支配なさる時と場であると言う視点で社会の問題にも目を向けて下さい。核や原発、軍備拡大、基地、消費経済、貧困、格差、福祉、政治。社会や世界の問題とキリスト教信仰は関係無いと思わないで下さい。私達の信仰は、この大地、この世界、社会を神様が支配しておられる、と言う信仰です。

3月に法王がアメリカ訪問した時に次期大統領候補者がした非人道的な発言に抗議しましたのは、この視点に立つからです。ですから、皆さんも取り巻く色々な問題に対して無関心にならないで、神様はこの現実をどう思われるだろうか、どう対処されるだろうかと言う視点に立って神の支配の中を歩みましょう。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。