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「時は満ちた」 末吉貞雄師

聖 書
マルコ1章14-15節
1:14 (洗礼者)ヨハネが牢に入れられた後、イエスはガリラヤにかえり、神の福音を説いて
1:15 言われた、「時は満ちた、神の国は近づいた。悔改めて福音を信ぜよ」と。

 私が子どもの頃、お風呂に水を張ってガス釜で沸かしていました。今は自動お湯はり機能が付いています。お湯張り高さを設定してボタンを押すだけです。リビングのおこたに入ってテレビの続きでも見ている間に、設定一杯にお湯が満たされますとお知らせがあります。給湯機のメーカーによってアナウンスが違うでしょう。「お湯は満ちた」「お湯は満ちた」。皆さんどうしますか?動かないでおこたに入ったままでテレビを見続けますか。おこたから出て風呂場に向かいますね。

 今イエス・キリストは皆さんに「時は満ちた」と言われます。お湯がだんだん張って行くように、神の国(神の支配と言い代えましょう)が少しづつ近くなって来たのです。旧約聖書はその経緯を伝えています。特に旧約聖書の後半は預言者たちによって神の支配がだんだん近付きつつあることを伝えました。7節を読みますとバプテスマのヨハネが最後の預言者であることがわかります。彼は自分のすぐ後に来る方によって神の支配が完全に近付くと言いました。最後の預言者と言う自覚がありました。

 「神の支配接近!」「神の支配接近!」皆さん、どうしますか?「私には関係ない」「なんて馬鹿な事を言っているんだ、現実を見なさい、そんなこと嘘だ」。そう考えて動きませんか。キリストの次の言葉に注目して下さい。「悔い改めて、福音を信じなさい」。要するに神の接近はあなたにとって福音ですよ、そう信じて立ち上がりましょう。動きましょう。新たな行動を起こしましょう。と言う事です。

 マルコ福音書はクリスマスの経緯を書いていません。なぜでしょうか。知らないからではありません。知っているから今更書く必要はない。今はそれよりも他の事を伝えたい、と考えたのです。でも15節の「神の国は近くなった」の中にキリスト誕生のポイントが含まれています。例えば、クリスマスの夜、羊飼いたちが天使から聞いたしるしは『布にくるまって飼葉桶に眠る嬰児』でした。飼葉桶は洞窟の中に置いてあったと言われています。長雨の時や、青草の無い季節に彼らはその洞窟で羊を飼いました。ですから、神の子キリストがスヤスヤ寝むっておられる飼葉桶の中、と言う場所は彼らの非常に身近な日常の場でした。まさに神の大接近でした。

 カナと言う村で行われたイエス様の最初の奇跡は水をワインに変化させることでした。イエス様は奇跡で不思議な事をして驚かせたいのではありません。神の支配の大接近を伝えたいのです。イエス・キリストがおられる所で二つの時の流れが重なっています。今月選曲しました新聖歌333「神の時の流れの中で」は、イエス・キリストが来られて、私達信じる者も神の時と人間の時、この二つの時の流れの中を歩んでいます、という内容です。15節の神の接近とは、とうとうこの二つの流れの中を誰もが大胆に歩んで良い時となりました、というお知らせでもあったのです。

 以前、私は人間の時の流れの中だけを歩んでいました。末吉貞雄と言う個人のそれは、母の胎内に生まれた時から始まり、死で終わる、それもいつ終わるのか分からない時の流れです。それは皆さんも同じですね。誰もがそこに①虚しさを感じます。また、親、兄弟、家族、親族、同級生、同僚、友達、社会と共にする時があります。良いこともありますが、思い通りに行かない、傷付け合うこともあります。これは誰もが持つ②悩みです。それから偶然の出会い、運命の出会い、理解できない納得できない出会いもあります。それで人は占いをしたりお祓いをしてもらったりお札やお守りを手にしたりします。誰もが③不安を感じるからです。

 神の支配の接近によって、神の時の流れが加わります。そしたら先に言いました①虚しさ②悩み③不安に変化が起こります。神の時の流れはあなたが生まれる前からあり、あなたが死んだ後も続きます。あなたは自分の時が終わっても神の時の中を歩むのです。虚しい事はありません。神の見守りと支配と導きを信じて自分の身を委ねるなら、人の出会いの見方が変わり、悩みの質も変わり、不思議な平安が与えられます。この変化は自分ではありえないことです。

  また、この信仰の歩みは現実離れすることではありません。自分の時と神の時の二つの流れの中を歩むからです。神の時の流れの中を歩む時、既に与えられている自分の時の流れの中を終わりまで歩み通す希望も与えられます。時は満ちた、神の国(支配)が近づきました。あなたはイエス・キリストのこの声にどう答えますか。教会に来てみて下さい。この声を聞いて神の時の流れと人の時の二つの流れの中を共に歩んで見ませんか。
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