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「 幸わせであれ 」 (末吉貞雄師)

聖 書
エペソ6章1-3節
6:1 子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
6:2 「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、
6:3 「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。」という約束です。

 今日、神さまが、皆さんお一人おひとりに、伝えたい事はただ一言なんです。幸せであれ!幸せになるんやで!人生色々起こってまいります。七転八起。いつまでも落ち込んでいられません、と言う事です。何が起こりましょうとも、原点に帰りましょう。神様が私にこの命を下さったのは幸せになる為です。

 さて、幸せって何でしょうか。50年近く前ってもう昔ですね。皆さんも覚えておられますよね、私は小学生でした。歌手の加山さんの幸せの歌がヒットしました。「幸せだなー、僕は君といる時が一番幸せなんだ」。この歌が伝えている幸せは、特別な人と共にいる幸せです。

 若い頃は特別な人を自分が探して自分が選ぶと考えていましたが、人生を進める中で、運命の出会いと言いましょうか、この人しかいなかったなんて言ってはいけませんね。神様が会わせ給うたと言いましょう。特別な人とは与えられるものなんだなあー、としみじみ思わされますね。その代表が父と母なんです。

 育ててもらっている最中は第一段階ですね。「お母さん、お世話になって、ありがとうございます。」小学生の頃学校でもらった造花の赤いカーネーションに「ありがとうございます」と書いた小さな短冊がついたものを渡しました。
 もう母は他界して7年になります。今日は母の日、他界しても私にとってはいつまでも母です。母の日は母を思い起こす日です。この日の始まりはアメリカのある教会で開かれた母の記念会だそうです。母の日には、育ての母の写真を手に持って母の事を語りたいですね。皆さんのお母さんの事を聞きたいですね。

自分が子育てする時期になると、親の苦労が分かり、ありがとうの重みが変わって来ます。でも、この時期は子育てで精一杯です。これが第二段階です。

 そして、第三段階は親が老いて行く時です。「あなたの父と母を敬え」この戒めは特にこの第三段階の為に与えられている、と言っても過言ではありません。

 介護から埋葬に至るまでの、親の人生の締めくくりをお手伝いするこの時期こそ、父母が神の与え給うた特別の人である事をしみじみ思わされる時です。

 老いるとは、幼児に戻って行く様なものと言われます。もはや今までの様に尊敬できない状態に成って行くわけですね。しかし、
これが人生の締めくくりだ、と神さまはおっしゃいます。

 今まで大切だと考えていた事を基準にするなら、もはや敬えない、そんな状況に立たされるのがこの時期です。しかし、神様はこの時期にこそ、父と母を敬えと命じられます。それは人生で何が大切な事かを明らかにする為です。神があなたの為に特別な人を与えられました。これが人生にとって大切な事だ、とおっしゃりたいのです。父母を敬え、とはこの点で第一の戒めです。ああ、戒めって何か命令や決まりの様に捉え勝ちですが、人生で何が大切かを示している福音なんですね。しかし、人はそんなものにではなくもっと他に大切なものがある、と考えてしまいます。

そこで神さまは、あなたにとって第一の特別な人として、神の独り子イエス・キリストを与えて下さいました。命を下さった神様との和解をあなたに得させるために、キリストは命を捧げてあなたにとっての第一の特別な人と成って下さいました。
 それによって、人生に希望が与えられます。わたしは一人ぼっちじゃないと言う事です。神さまは第二第三の特別な人をあなたの為に用意なさっています。

 父母を敬え、これは神様があなたの為に用意なさった特別な人を敬え、特別な人として接しなさい。愛しなさい。と言うことですね。

 母の話を話させて頂きましたが、父母からも自らの人生行路を聞きました。この事も大事な事ですね。今度は私が子供に聞かせる番です。あなたにとって私は特別の人として神様が与えておられるんだよ、親はこの事実をこの口で伝える責任がありますね。

 うれしい責任ですね、あんたは独りじゃないよ、特別な人に囲まれた特別な存在なんだよ。歳をとる程に、人生って、はかないなあー、そう思いますか。こうして神様と共に歩ませて頂く時に、人生って、掛け替えのないものなんだなあ、人って大切なんだなあ、としみじみ思いますね、特に今日母の日は、そんな日です。
説教要旨
 父母を愛せよでも、父母に感謝せよでもなく、父母を敬えと神は戒め、その戒めに幸せになる約束を添えられる。含蓄のあるお言葉である。
 神は老いる中で人生の総仕上げするように定められる。そこにはご計画がある。老いる父母を看取る時、神が与えられた特別な人として接し共に生きよ、それが敬う事。そうすれば幸せになる。
 この戒めは人が幸せを見出す極意である。幸せであれ!神の願いが込められている。あなたは一人じゃない。神はあなたに特別な人を用意されている。これは確かである。第一にキリスト、第二に父母、第三に・・・、第四に…と。その人を敬う所に幸せが生まれる。この神の約束を信じて歩もう。

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